INTERVIEW

社員インタビュー

Customer Success

Chinami Nishimura

西村 知奈美

2018年入社

一度は選考や内定をすべて辞退した私が、
Talknoteに入社した理由

—部活命!の青春時代

鳥取県境港市という華やかでもど田舎でもないけど、故・水木しげる先生が描いた妖怪がウロウロしている土地に生まれ、小学校ではバレーボール一筋の女の子でした。失敗したら怒鳴られ、「要らない」「帰れ」と言われ、毎日足が竦んでしまう程の超スパルタのバレーボールクラブに所属していました。今思えば、確実に技術は体得している半面、「失敗する私には価値がない」と思いこんでしまっていた様な気がします。ですが、自分の中で”部活は続けなければならないもの”、“応援してくれている両親の思いを無駄にしたくない”と思っていたので、辞めるという選択肢はなく、結局卒業するまで4年間続けました。

ですが小学校卒業後、好きで始めたはずのバレーボールが苦行としか思えなくなっており、「こいつから逃げられない」と思っていたバレーボールの指導者とも離れ、我慢してまでバレーボールをする理由がなくなりました。中高では姉2人がやっていたハンドボール部に所属しました。高校では創部初のインターハイに出場するなど、とにかく部活漬けの青春時代を過ごしました。

—なんで頑張るのか、答えが分からなかったセブでの経験

の後、京都の大学に進学。華のキャンパスライフは自由に楽しく過ごそうと思い、「部活」という概念から遠ざかり、興味があったダンスサークルに所属。気が置けない仲間たちと自由に活動して、くだらないことに爆笑して、毎日が本当に楽しかったです。

ただ、「就職」というものを視野に入れた時、その時期に大半の時間を使っていたバイトやダンスはずっとやっていきたいものではなく、それからは「自分はどういう人生を歩みたいのか」という、自分の将来を考える時間が徐々に増えていきました。

そんな時に、途上国で活躍する起業家が提供している、セブ島スタディーツアーに参加する機会がありました。今思えば、セブ島での経験が俗にいうターニングポイントだったのではないかと思います。セブでは仕事の基礎と海外ビジネスに関する知識を学び、実際に学生だけで企画をつくり現地で交渉などを行い、アウトプットをするという実戦的な体験をしました。そこでの体験は想像以上に楽しく、部活で培った「失敗は出来ない、絶対に私は成功させる人間なんだ」という不撓不屈の精神で無事に成果も出すこともでき、達成感と成果に対する喜びも感じることもできました。

そんな時、今となっては恩人とも思える一緒に参加していた仲間にこう聞かれました。「ちなみはなんでそんなに頑張れるの?」その時の私はすぐに答えることができませんでした。私は何の為に頑張っているのか。そんなこと今まで問われたことも無ければ考えたこともありませんでした。帰国した後もこの問いが忘れられず、自問自答し続けました。そして、無意識に「私は成功しないとダメな人間なんだ」と思っていたことに気づきました。小学校時代の部活をしていた時に形成された”頑張り方”なのか、期待してくれている人を裏切れないと思い、「△」や「70点」を受け入れず、失敗する自分を受け入れず、無意識に自分を追い込んでいたんです。

この出来事をきっかけに、自分の心の底の原動力を見つめ直しました。成功するかどうかではなく、期待してくれている人がいるかどうかでもなく、自分が本当に好きなものやワクワクして無限にエネルギーが出ることは何なのか。答えを見つけるまで半年くらい悩み続けました。そんな中で唯一出会えたものは、二度目のセブ島スタディツアーで自分がリーダーとして再び参加し、メンバーに向き合った経験が元になった「人とその人生(ストーリー)に向き合うこと」でした。当時は約1週間、寝ずに自分自身がメンバーに対して何が与えられるのかを本気で悩みましたが、思い返せば、寝る間も惜しくなるほど夢中になれていた私がいました。

そんな経験から、私の中で「人とその人生に向き合うこと」というキーワードは就活において、企業のブランドや裁量権、ワークライフバランス、職種、お給料などの様々な軸・要素など、ほとんどどうでもよくなるくらい、大きな軸となりました。

—正解がわからない。選考の連絡を全て断り、内定を辞退

就活では「人の人生に関われる仕事をしたい」と思い、人材業界の大企業を中心に見ていましたが、途中で、選考中の会社で自分が求める「人・人の人生に向き合うこと」を実現できるのかと疑問に思うようになりました。そして考えれば考えるほど、何が正解なのかわからなくなり、このままでいいのか不安に陥りました。ですが、今更後戻りはできず、選考は受け続けることに。

そんな中、最愛の祖母が亡くなり実家に帰省。そこで心の限界がきたのか、張り詰めていた糸が切れ、選考に関する連絡を全てシャットアウトし、せっかくもらった内定も辞退してしまいました。祖母が亡くなり、一旦就活のことを考えられなくなった状態の一方で進んでいく選考に気持ちが付いて行かず、辞退してしまった事や連絡を返さずにフェードアウトした事を普通に後悔し、しばらく迷走し沈んでいましたが、家族や友人の支えにより、少しずつ元気を取り戻しました。

もう一度「正解は何か」という問いに向き合い、本を読み耽ったり、台湾に逃避旅行をしに行ったり、海外に勉強しに行こうと迷走したり、フリーターとしての道も検討したり、俗に言う自分探しをし、何も考えられなくなるくらい悩んで飽和した挙句、納得したのか、やっと正解などないことに気づき、「どんな人生を選択しても、自分で正解にしていこう」と思うようになりました。そして、就職先が決まらなくてフリーターになってもいいから、納得いく就活を最後までやり抜く!と覚悟を決め、半ば諦めていた就職活動を再開しました。

「正解はない」と気づいてからは、これまでの人生では考えられないほど思考がクリアになり、これからの人生について何も決まっていない状態なのにワクワクし、根拠のない自信やエネルギーが湧いてきていました。その時期から私は、自分自身で人生を創っていけることに気が付き、「明日が楽しみで寝られない遠足の前の日みたいな夜を毎日過ごす」という言葉をモットーに、「人生で今が一番最高!」といくつになっても常に言えるような人生を送ろうと決意しました。もちろん、人生の中で今が一番楽しいです。

そんな私がその時に改めて人生を通してやり遂げたいと思ったことは、「人・その人生に向き合うこと」から発展して、「自分の事が好きなら、人生オールオッケー:D」という考えから、「“自分”と“自分の人生”を愛する人を増やすこと」でした。そんな中で出会ったのが、Talknoteでした。

—Talknoteとの出会いで、ITのイメージが変わった

それまでIT業界は「”ただの手段”過ぎて冷たい」というイメージで、私が求めるものと正反対だと決めつけて、あんまり視野に入れていませんでした。ですがTalknoteというサービスは、「働く」中の「コミュニケーション」によって、まさに私が求める「”自分”と”自分の人生”を愛する人を増やすこと」を身をもって体現できるサービスでした。

今までどの会社を見ても、どこか気持ちが乗らなかったのですが、TalknoteのHPを見たときに、「絶対ここがいい!」と思いました。もし選考で落とされても、インターンとして入ってでも働きたいとさえ思っていました。Talknoteが大切にしてる「社員から幸せの輪を広げよう」という考えに、心から共感ができている自分がいました。

そして、面接を受けることになり、オフィスを訪れたとき、話を聞く中で先輩方の「働く」がその人の人生と連動していることと、話している先輩方の表情がキラキラしていたことがとても印象的でした。面接では、出会う社員さんみんなが私が今まで抱いていた想いを真剣に聞いてくれて、私も思うがままに全てをぶつけました。

入社後も、年齢経歴は関係なく自分の意見や価値観を伝えられたり、日々のハッピーやワクワクを共有できる場があったり、未来の「在りたい姿」を堂々と言えたり、想像以上に素でいることができています。「出来るかなぁ」と少し弱めの発言をすると、「やるんでしょ!」と気合いを入れてくれる方が多いこともTalknoteの大好きなところです。全てをプラスに変える力を持っている方ばかりなで、日々学ぶことだらけです。

—これからやっていきたいこと

社員が幸せに働くことでサービスや会社が愛されるような組織が私の理想です。さらに、全社員が自分のストーリーの主人公として今を生きている様な会社にしたいです。そのために私は「この人が良いと言うサービスなら使ってみようかな」「社員がこの人みたいに働けるならTalknoteを導入しよう」という影響を与えることのできる、「幸せに働く」を体現する人間になりたいです。さらに欲張りな私なので、Talknoteで「幸せに働く」ことによって、その先に実現させたいものが3つあります。

・子どもたちが、大人が働く姿に憧れを持って勉強・進路選択をする

・これから人生選択をする人たちが、自分の意志と夢を持つようになる

・定年退職する人たちや今働く人たちが、「死ぬまで働いていたい!」と思うようになる

という様な価値観が生まれる・広がる、一歩目を作りたいと思います。どのように携われるかなどはまだ何もありませんが、その一歩目がTalknoteであると思っています。